イギリス恋愛観 -白人女性の妻とのすれ違い編-

こんにちは Ronin です!

現在ロンドンにて白人女性の妻と一緒に暮らしていますが、様々な価値観の違いによってすれ違いが生じたり、意見が合わない…ということがあります。

これまで彼女は人生の大半の時間をロンドンで過ごし、僕は人生の大半の時間を日本で過ごして来ているため、一言で「相手の多様性を受け入れる」と言っても、実際に分かち合っていくということは簡単ではありません。

欧米諸国は、同じ外国でも台湾やマレーシアなどのアジアのそれとも大きく異なるため、国際恋愛や国際結婚においては、特に文化や価値観の違いに直面しなければなりません。

そこで今回は僕が日常的に白人女性の妻と直面するすれ違いについてお話ししていたいと思います!




亭主関白は基本、争いを生む

亭主関白の背景

以前の記事でも触れましたが、程度の差はあるにしろ、欧米の感覚から見れば、日本人男性は全体的に亭主関白気質気味であると感じます。

イギリス恋愛観 -亭主関白編-

11/09/2018

私たちは子供の頃に見た両親を始めとした家族を見て、無意識のうちに家族の在り方いうものがどういうものであるか、というものを覚えていきます。

そのため、子供の時に亭主関白のように振る舞っていた父親の姿を見て、男は女性の前ではこのように振る舞うもの、と意識付けされてしまう可能性があります。

また日本では「男は男らしく」、「男は仕事に命をかけて家族を支える」、「男はメソメソ弱音を吐くものじゃない」などと言った、男性の理想像への固定観念のようなものがあり、実際に日本人男性がこれらに大きなプレッシャーを感じ、それが亭主関白的な言動を生むきっかけになってしまうというのは紛れの無い事実であると思います。

 

リードできないジレンマ

例えば日本では良くあることですが、台湾などのアジアの女性が日本人男性に嫁いで、最初は女性の方が土地勘があまりなかったり、言葉もあまり話せないなどの状況でも、日本人男性がそれら全てのことに関して手助けし、女性との関係をリードしていきます。

男性は自分が男として女性を支えている、と心から感じることができ、男性としての威厳やメンツといったものを保つことができます。

そして、女性も「自分が男性から守られている」と感じることができます。

しかし僕のように、妻と暮らすために妻が住んでいる国に住む場合、状況は真逆になります。

僕はある程度英語が話せますが、ネイティブ同士が話しているとこにポンと放り込まれれば、速すぎたり、慣れない会話の表現などによって、孤立感を覚えてしまうことがあります。

妻はそのような心配がありませんので、妻と一緒に誰か他の人と話していても、どこかへ一緒に出かけても、自分は聞き取れないのに妻は全てを理解できている、というある種の劣等感を感じずにはいられません。

また、ロンドンに来てからもうすぐ一年ほど経ちますが、まだまだ行ったことの無い街、お店がたくさんありますし、文化的に理解できていない部分もかなりあります。

男らしく振る舞いたい、どこに行くにも妻をリードしてグイグイ引っ張って行きたい…という理想があるものの、どうしてもできない瞬間が多くあり、フラストレーションを感じずにはいられません。

 

プライドを保つため亭主関白が悪化

このように自分自身が男らしさを表せていると実感できず、男としての (余計な?) プライドが傷つくと、どこかでそのバランスを取るため、男らしさを別の形で振る舞おうとしてしまいます。

僕は元々、日本にいた時から亭主関白気質がありました。

父親は母親に対しては何かを言い付けたり、ということはありませんでしたが、僕や兄に対しては非常に厳しく、何か悪いことをすると、激しく叱られ、叩かれたりするようなことも良くありました。

その影響もあってか、「男は強くあるべきだ」という概念がより深く刻まれてしまっているのかもしれません。

妻が言った何気ない一言に無意味に否定的になったり、むきになって説教とも取れる不必要な話を始めたりすることが良くありますし、上記で述べたフラストレーションから妻に八つ当たりをし、酷い時にはこちらから理不尽に口を効かなくなってしまうようなことがあります。

モラハラと取られてもおかしくない言動もあり、もちろん僕がこのような態度をとれば、ケンカへと発展してしまいます…




欧米女性には奥ゆかしさを期待するな

「やまとなでしこ」の奥ゆかしさ

伝統的な、魅力的な日本女性を「やまとなでしこ」と言いますが、やまとなでしこの特徴を表す言葉として、「奥ゆかしい」という表現が良く使われます。

「奥ゆかしい」は辞書では以下のように説明されます。

奥ゆかしい

日本では古くから「奥ゆかしさ」を兼ね備えたことを美徳ともされる。現代の「控えめ」や「あざとい」のどれとも異なり、また「動作を大げさにし気づかせる」わけでもなく、深い心遣いが感じられ品位があり心がひかれる様子。もっと歩み寄りたいまたは近づきたいと言う欲求を起こさせ人を動かすほどまでに惹きつける配慮がある様など「奥ゆかしい」と言える。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 )

本来の意味は、深い心遣いが感じられ品位があることのようです。

そこから派生して、控え目で他者を思いやる女性…というような現在での使われ方になったのかもしれません。

 

欧米女性に「日本女性らしさ」は期待できない

生まれてから大人になるまで育った環境から受けた影響というのは、どんなに他の価値観に触れても中々劇的に無くなる…ということは経験上からも難しいと言えます。

人それぞれ「理想の女性像」は違いがあるとは思いますが、奥ゆかしい「やまとなでしこ」というある意味幻想のようなイメージを、理想の女性像として無意識のうちに持っている人は、日本人男性であれば少なくないと思います。

僕も、今の妻と一緒に暮らし始めるまではそのようなことを考えもしませんでしたが、価値観の違いが顕著に表れることで、「どこかで日本人女性のように振る舞うことを求めているのでは…?」ということを感じるようになりました。

誤解の無いように言っておきたいのですが、僕は妻を非常に品のある女性だと思っていますし、そう思ったので妻を生涯の伴侶として選びました。

しかしながら、欧米には例えば「女性が三歩下がって男性を立てる…」などに見られるような、女性が盲目的とも言えるように献身的に男性についていったり、尽くしたりという考え方は基本的にはありません

頭の中では理解しても、幼い頃から染みついている感覚的なものを無くしてしまうということは、想像以上に難しいものです。

 

日本的な物差しで見れば欧米女性は何倍も「きつい」

これは女性に限らず、日本人全体に言えることだと思うのですが、例えば何か不都合だったり嫌なことがあっても、極力波風を立てないようにあえてそれらを発言しない…ということがあります。

遥か昔から日本人は「和」を大事にする民族ですので、日本らしい美徳とも言えるかもしれません。

しかしながら、自分が思っていることをはっきり言わないと、相手にそれが正しく伝わらない、理解されないという可能性があります。

欧米では自分の思っていることは、相手をあからさまに傷つけてしまう、という場合では無い限り、割とストレートに伝える傾向があります。

これは女性でも同じで、何か思っていること、感じていること、嫌なことがあれば、相手にしっかり伝えます。

僕はこれまでも白人女性と付き合ってきたことがあるので、女性がストレートに意見を言ってくることはある程度理解はしているのですが、実際にその場面に直面すると今でも動揺してしまうことが多くあります。

例えば自分が良いと思って選んだものが「良くない」とはっきり言われたりすると、少し傷ついてしまいます

これは意見が合わなかったり口論になる時はもっと顕著に現れ、相手は自分の意見を強く、そして激しく主張してきますし、僕も相手にはしっかり自分の意見を伝えますので、中々どちらも折れず、平行線の口論が続くことが多いです。

日本人女性的な奥ゆかしさや、男性を理解した上であえて好きにさせてあげる…といった概念を欧米女性に求めることは間違いですし、争いしか生まないと言えます。

 

最後に

「異文化の多様性を理解する」と一言で言うのは簡単ですが、それを実践することは思っているよりも何倍も大変であると思います。

こうして書いてみると、やっぱり無意識であっても、自分の価値観を相手にも期待した場合に、パートナーと争いが起きてしまうのだと再確認しています。

文化の違い、価値観の違いは、長い時間をかけ深いコミュニケーション、話し合いによって乗り越えていかなければならないと思います。

それもある意味での、運命からの試練なのかもしれません…。

それではまた!




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