「ぼっちの非リア充へ…」嫉妬を捨て【チャンス】を活かす考え方

こんにちは Ronin です!

夏祭り、クリスマス、バレンタインデー、ホワイトデー…

一年を通しイベントがある度に、その日を共に過ごすカップルが街には溢れます。

そんな時彼女 (彼氏) がいなく、いつも一人ぼっちで孤独を感じているいわゆる「非リア充」は、何だか惨めな気持ちになって、自分がまるで「人にモテない価値のない人間」であるかのような思いに陥ってしまいます。

僕は今では、心から愛することのできる、そして信頼できる妻と結婚し、ロンドンで生活していますが、つい数年前まではいわゆる「ぼっちの非リア充」というような生活を送っていました。

そこで今回は、非リア充という状況を「チャンス」と捉える考え方についてお話ししたいと思います!




そもそも「リア充」とは?

現在では日常的に良く使われるリア充という言葉ですが、改めて辞書で調べて見ると以下のような意味となります。

【リア充】

「リアル(現実の生活)が充実している」の略。ブログや SNS などを通した関係ではなく、実社会における人間関係や趣味活動を楽しんでいること。または、そのような人。インターネット上などで使われる俗語。

(出典: 小学館 )

インターネット上では無く、実社会にて友人、会社関係の人たち等との充実した関係を持っている人たち、特に恋人がいて生活が充実している人たちを指すことに使われる言葉であると言えます。

リアルの生活が充実しているリア充に対し、恋人がおらず、一人ぼっちで孤独であると感じている人たちが、自嘲の意味を込めて自らを「非リア充」と呼ぶことが多いです。

 

SNS は心の毒になる

Facebook、インスタグラム、Twitterなど、SNSと言われるツールで、自分がどこへ行った、誰と過ごした、何を食べた…などを、写真やビデオ付きて他者と共有することができます。

自分の気持ち、出来事を友人や知り合い、はたまたインターネット上の見知らぬ人と共有できるの素晴らしいことなのですが、SNS を通して他の人が楽しんでいる様子をみる行為 (もしくはその逆) は、自らの心に毒を与えてしまう可能性があり注意が必要です

「A君は彼女とロマンチックなレストランでディナーを楽しんでいる」、「Bさんは彼氏とハワイで旅行してビーチでカクテルを飲んでる」、「大学の友達たちがパーティーをしているのに自分は呼ばれず一人ぼっち」…。

自分が彼女 (彼氏) がいて気の許せる友達がいる、いわゆるリア充という状態であれば、 このように他の人が楽しんでいる様子を見ても、素直に彼らのために喜んであげられるかもしれないのですが、自分自身が恋人がいなく孤独の状態であれば、SNS を常用することは正に「百害あって一利なし」です

そして、このように SNS 上でリア充 (のように見える) の投稿している人たちも、実は心から楽しんでいない可能性が非常に高いということです。

研究結果によれば、Facebook などの SNS を常用している人ほど、幸せを感じていないという事実があります。

SNS で自分は「人生を謳歌しています!」アピールをしている人ほど、実は虚無感や孤独を感じていて、そのため他者からの認証を求めたり、自分がエンジョイしているように見せて、虚しい人生を送っていることを悟られるのを避けている場合が多いのです。

ですので、他者の SNS を見て落ち込む必要は全く無いですし、むしろ不必要に SNS を見ないことが大切です。




地獄の「非リア充」の日々

僕はオーストラリアへワーキングホリデーで行く前は、東京で一人暮らしをしていました。

大学を卒業した後台湾へ語学留学をして、台湾で人生の中で上位3位に入ると言えるくらいの充実した毎日を送っていたのですが、どうしても諦められない夢があり、台湾に来て半年後に東京へ戻りました。

東京へ戻ってからは深夜の飲食のアルバイトをしたりして、金銭的もギリギリの生活をし、経済的にも精神的にも全く余裕が無く、友人との交友関係も、女性とデートをするというようなことも全くできませんでした。

派遣社員として何とかオフィスの仕事を見つけた後も同じで、クリスマスやバレンタインデーなどは街行くカップルを見ては辛い気持ちになりましたし、また台湾で知り合った人たちが Facebook 様々な所に行って楽しんでいるのをで見て、「俺は一人ぼっち…」、「俺はここで一体何をしているんだ…?」ということを常に思っていました。

今でも覚えているのですが、派遣社員として働き始めてすぐのクリスマスイブの日、イルミネーションが見たく一人で六本木ヒルズ辺りへ行き、周りがカップルだらけの状況で、当時のガラケー携帯を使ってイルミネーションを背景に自撮りで写真を撮りました…。

正に、人生で最も孤独、そして非リア充と言える辛い時期でした。

 

非リア充は「精神と時の部屋」

僕は友人関係も全く無く、女性とデートすることも一度も無い状況で、台湾から東京へ帰ってから東京を離れるまでの2年ちょっとの時間を一人圧倒的な孤独の中で過ごしました

しかしながら、その孤独だった二年ちょっとの時間がなければ、今こうしてロンドンで外国人の妻と暮らしているという自分はありません。

それは、僕が他人を見て惨めになる考え方を途中からやめ、自分の人生について考え、この一人の時間を最大限に活かしたためです

僕は元々海外へ興味がありましたし、台湾で国際交流も経験してその素晴らしさを知っていました。

そのため当時はほとんど英語が話せなかったのですが、英会話の参考書を買い、通勤時間、昼休憩、家に帰ってから、休日もどんなことがあっても毎日英語を勉強しました。

また、中古の自己啓発本をアマゾンで買って、成功している人たちや、輝いている人たちの考え方を学んだりしました。

そして、「自分は英語が好きだし、一度英語圏へ行って本格的な国際的な環境を経験してみよう」と志し、無駄遣いを一切やめ、家計簿をつけ、最終的にはオーストラリアに行くことになります。

日本を脱出したその日… 一介の派遣社員だった僕が「海外移住」を決意するまで

09/12/2018




このブログでも何度か言っているのですが、僕は孤独であることはチャンスだと思っています。

自分の人生の方向性を考え、向かう方向を定め、そこに向けて自分の貴重な時間を費やすことができます

誰からも LINE が来ない…という人の寂しい気持ちは僕も心から理解ができますが、見方を変えれば、「誰にも LINE を返す必要が無い」、「これを送ったら嫌われるだろうか…?といちいち気にする必要が無い」ということです。

もちろん、変わるためには変化と努力が必要となるのですが、しっかり自分と向き合い、そこに向かっている人たちは、SNS でどこどこにいった、誰と美味しい食事をした…などといったこととは比べ物にならない充実感、そして人間的な魅力を持っています。

一人孤独に自分を磨き続ける…それはまさに、ドラゴンボールに出てくる、過酷な環境下で自らを急成長させることができる「精神と時の部屋」のようです。

精神と時の部屋

 

最後に

男性としてホントに魅力的な人とというのは、同性、つまり男性からも人として魅力的だと思われる、生き方、生き様がかっこいいと思われる人だと思います。

そしてそういう魅力と言うのは、顔、外見がかっこいいというものを超越しています。

例えば僕が尊敬する男性有名人に、野球選手のイチローさんや、ロック歌手の矢沢永吉さんがいますが、彼らは考え方、生き様がかっこ良く、何歳であろうと非常に魅力的で輝いています。

もちろん見ている人を喜ばせる仕事である以上、他の人を気にする部分がなければならないと思うのですが、そういった人たちは 、SNS を見て他人がどうのこうのなどと、いちいち気に掛けないと思います。

例え、時に孤独を感じようとも、しっかりした「自分の軸」がありそれに従って生きている人は、リア充や非リア充と言った言葉を超越して、魅力的と言えます。

それではまた!




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